がんを発症した社員の就労支援

私の顧問先の会社で、10年間に4回も、がんの手術を受け、5回復職した方がおられました。「定年まで頑張りたい」が口癖の方でしたが、残念ながら、就業中に体調を崩し、その願いは叶いませんでした。
本来なら、多くの会社が、こうした働き方を認めないのですが、社員の気持ちを大事にしてくれる会社でした。
最近、がん治療が落ち着いた方からの復職相談が多くなっています。「早く戻らないと生活できない…」、「会社を辞めなくてはいけなくなるのでは…」と懸念する方が多く、産業医としてこのような焦る気持ちを持つ必要はまったくないと社員には助言をしています。
また、無理をせず上手に復職してもらいたいと願うばかりです。

背景

増加するビジネスマンのがん

がん患者のほとんどは60歳以上ですが、20~40代の働き盛りの患者も20%程度存在しています。20~50代の働き盛り世代では、年間約16万人が新たにがんを発症し、その数は年々、増加の一途をたどっています。
家庭や社会、企業において中心的な存在である方が、がんを発症すると、周囲も大きなショックを受け、社会的・経済的な損失にもなりえます。

退職や解雇は会社にとってマイナス

厚生労働省研究班が実施した調査によると、がんと診断された時点で、働いていた人のうち31%が依願退職をし、4%が解雇とされていました。
医学の進歩で、がんの5年生存率は伸びています。一時的に仕事の実績が下がってもいずれは回復しますので、会社は、貴重な労働力を手放して痛手を負うのは避けるべきです。
メンタルヘルスマネジメントが注目されていますが、会社は、がんを発症した社員の復職支援にもっと積極的に取り組むべきです。
上手に復職してもらうためには、治療・健康・安全と仕事を両立させることが重要です。「がんを発症した社員の就労支援」は、産業医の大きなテーマです。
下村労働衛生コンサルタント事務所でもこうした相談に積極的に対応しています。

企業がまず取り組むべきこととは?

経済的支援

高額医療費の補助があるとはいえ、がんを発症した社員がいちばん心配していることは、治療費や生活費などのお金の問題です。
経済的な不安でベストな治療が受けられないと療養の妨げになることもあります。企業がまず取り組むべきことは、がんを発症した社員が、安心して治療ができるよう経済的なサポートをすることです。
がんの治療は、5年以上と長くなりますので、早い時期に傷病手当金の手続きをしてしまうと、再発していよいよ働けなくなったときに受給できなくなる可能性があります。
まずは、有給休暇を消化させてから、病状とにらみ合いをしながら、適切な受給時期を探るべきです。
また、育児休暇・介護休暇と同じように「治療休暇」の導入、時効になった有給休暇を病気休暇に振り替える、がん保険に団体加入するのも、有効な方法です。
今般、男性の2人に1人、女性の3人に1人は、がんを発症するといわれています。がんになっても安心して療養できる会社をつくることは、社員のモチベーション維持や向上につながります。

休職中の対応について

職場との絆を保つ

メンタル疾患と違って、がんによる休職が長引くと、多くの社員は、社会とのつながりがなくなったと失望するようです。休職中だからこそ、社内報を送ったり、お見舞いに足を運んだり、お見舞いの品を贈ったりするなど、会社側から連帯感を強化することは、その社員への何よりの励ましになると思います。

職場復帰にあたって確認すべきこと

見通し

がんには、さまざまな種類があります。がんの種類によっては、治療方法、後遺症の程度、生存率などが違います。一般的に、早期がんといわれるものは、治療も簡単で、後遺症もほとんどなく、復職は容易です。
胃がん・大腸がん・前立腺がん・甲状腺がん・子宮がん・乳がんは、転移がなければ、治癒が期待できます。

今後の治療スケジュールの確認

復職にあたって、まず確認すべきことは、再入院の予定と術後の放射線・化学療法のスケジュールです。外来治療であっても、放射線・化学療法には、吐き気や発熱・脱毛といった強い副作用を伴います。治療計画に合わせて、勤務日などを調整する必要があります。
育児休暇のように、放射線・化学療法のため取得できる休暇が導入できたら理想的です。化学療法や放射線治療には限度回数があり、短期間で終わることが多いので、ぜひ会社として配慮いただきたいと思います。
フルタイム勤務が難しいようであれば、契約社員などに転換し、治療が一段落したあとに、再度、正社員復帰登用するといった方法もあります。

忘れないで対応しておきたい後遺症の確認

脱毛の状況、外食ができるか? お手洗いや歩行や肉体労働に不自由はないか? 社員のプライドを傷付けないように、主治医や産業医と連携を図って、後遺症の程度と就業上必要な配慮を確認して、復職のポジションを決めていくべきです。
過労やストレスを与える環境は、免疫力低下を招き、がん再発の原因にもなりえます。主治医・産業医の許可があるまでは、残業や出張は制限するのが望ましいです。

復職後注意すべきこと

気をつけておきたい、体調不良時の対応について

がん発症から数年以内は、再発・転移の兆候として、急に体調を崩すことがあります。感染症にもかかりやすいので、インフルエンザやノロが流行する冬場は配慮が欠かせません。
体調不良時や通勤に支障がある天候不良時は無理をさせず休ませる、家族・主治医との連絡先を確保するなど、体調不良時の対応ルールや病院との連携体制などは復職時にしっかりと決めておきたいものです。

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