健康管理と労働基準法の意外な関係

私が労働基準法(以下労基法)に強く関心を持つようになったのは、社会保険労務士試験の勉強をはじめたのがきっかけです。
過重労働・メンタルヘルスが産業保健の大きなテーマになった今、労働時間・休日・休憩・36協定・就業規則の最低基準を定めた労基法の知識を身につけることはとても大事です。
何故ならパワハラ・セクハラ・過重労働・中途半端就労は労働問題であって、医学では解決できないからです。
「労働時間とは?」こんな素朴な質問に簡単に答えられる担当者・産業医・保健師・看護師を目指しましょう。

労働基準法に立脚した健康管理の時代に

安全配慮義務から健康配慮義務の時代に

戦後の日本企業は量産に追われ、設備投資は積極的に行われました。
しかし、多くの職場の環境整備、安全衛生面への配慮は後回しになり、じん肺・職業がんなどの職業性疾病、死に至る一酸化炭素中毒といった労災が多発しました。
その事態を受け、労働安全衛生法(以下、労安法)が整備されました。
労安法は、事業者が負うべき安全衛生の最低基準を定めた法律です。
制定当初は、建設現場などの危険な職場、じん肺のおそれがある職場、有機溶剤・特殊化学物質・鉛など有害物質を取り扱う職場が対象でした。さまざまな取り組みの結果、悲惨な事故や病気は減少しました。
1990年代になると、過重労働・時間外労働などの問題が浮上し「過労死や過労自殺」が新たな社会問題となりました。
現在、大問題になっている「過重労働・精神疾患」といった健康管理問題は、労働者に長時間労働をさせるなど会社側の人権を無視した言動により発生しています。現代の危険な職場は、労働時間が長い・人間関係が悪い事業所なのです。
労働衛生における有害物質が、これまでの有機溶剤・特殊化学物質・鉛から、労働時間・人間関係に変わったことを踏まえると、労安法を勉強するだけでは健康管理はむずかしいでしょう。

労働基準法とはどんな法律か?

労基法は、日本国憲法第27条「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める」の規定を受け1947年に制定された法律です。
労基法は、120条程度でわかりやすく、解説書もたくさん出版されています。
経営者・ビジネスマン・産業保健の関係者にとっては知っておくべき法律です。

会社と労働者4つの約束

労働に関する4つの約束

会社と労働者が労働契約を締結するとき、

  1. 労働契約期間
  2. 就業場所および従事すべき業務
  3. 労働時間、休憩時間、休日、休暇
  4. 賃金
  5. 退職や解雇といった特に重要な雇用条件

これらを書面で明示することが、労基法で義務付けられています(絶対明示事項)。
1枚のA4の紙に簡単に記載されているのが、普通です。
皆さんも入社の際交付された経験があると思います。
しかし労働契約は、異動、昇格、海外赴任、通勤手当、懲戒、解雇、退職金等外に定めなくてはいけないことが沢山あります。
大きな会社になると百科事典のようになってしまうこともあります。
雇用時にそれについて全部説明し、個別的に条件交渉することは、とても手間がかかり、現実的には不可能です。
特に重要な労働条件に関しては、文書で交付して、細かいところは就業規則をみてくださいという形で雇用契約が結ばれるのが一般的です。
しかし就業規則は会社が、社員の同意を得なくても、ある程度勝手に改正することが法律で認められています。
そうしたことにならないよう労働時間の延長、賃下げ、解雇、退職金の減額といった特に重要な事項は、就業規則ではなく労働協約か労使協定(社員と会社の話し合い)で定めなくてはいけないことになっています。
しかし労使対等とはいえ、会社が優位な立場にあることは間違いありません。1日23時間労働というような、無茶苦茶な労使協定が結ばれる可能性があります。
それを防ぐために出来たのが労働基準法です。
労働基準法に定める基準に満たない労働条件は無効であり、無効となった部分は、同法に定める基準が適用されます。
法令・労働協約、就業規則に反する労働契約、労働協約、法令に反する就業規則、法令に反する労働協約は無効となります。
例えば一日9時間の雇用契約が結ばれると、労働基準法の労働限度時間は8時間なので自動的に労働時間は8時間に強制的に修正されます。
労働基準法で定まられた基準以下の労働契約は無効になります。
労働基準法は労働基準の最低限度を定めた法律と言えます。

例外 労働基準法が適応されない事業所

一般職の国家公務員は、特定独立法人を除き国家公務員法が適応され、労働基準法や労働安全衛生法は適応されません。
就業規則にあたるものが、人事院規則です。
独法化した国立大学病院には産業医の選任の義務がありますが、官庁では健康管理医という名前になっています。
地方公務員は一部が適応除外、(労使対等の原則、裁量労働、年次有給・労働基準局の職権)になります。
旧4現業(郵便局、国有林野・独立行政法人国立印刷局・独立行政法人造幣局)については適用されます。

健康管理上押さえるべき項目 労働時間制

ビジネスマンは、賃金の代償として、会社に時間を拘束されています。
起床・休憩・食事・帰宅時間・睡眠時間を会社によってコントロールされています。
人は起床時間と始業時間の間隔や労働時間が長くなるほど、疲れやすくなり、休憩時間を上手に取らないと食生活も乱れます。
帰宅時間が遅くなることによって、リフレッシュすることが難しくなり睡眠時間も短く、体重も増えてしまいがちです。
不規則な労働時間制度は、生活習慣病・うつ病の原因ともなる不健康な働き方と言えます。
生活習慣病の保健指導やメンタルヘルス・過重労働対策を行う上で、食事・お酒・たばこ・運動という視点だけでなく、始業・休憩・終業時間・休日・時間外労働といった、多様化した労働時間制度を理解することはとても大事なことです。

労働時間

労働時間とは、一般的に使用者の指揮監督のもとにある時間をいいます。
必ずしも精神や体を使っていることを要件とはしていません。
労働時間は実作業時間と手待ち時間、その他使用者の指揮命令下にある時間を合計した時間と考えることができます。
つまり拘束時間から休憩時間をひいた時間です。
手待ち時間とは、その労働を行うために待機している状態でいつでもその作業に取り掛かれることを言います。
例えば、当直で、休憩室で医師や看護師が患者さんを待っている状態などをさします。

休憩時間

労働基準法は原則として、

  • 労働時間が6時間を超える場合は45分、8時間を超える場合少なくとも1時間の休憩を与えなくてはいけない。
  • 毎週少なくとも1日の休日を与えなくてはいけない。

と定めています。
休憩時間は労働時間と区別され、原則無給です。
それを逆手にとって休憩を異常に長く取る会社もあります。先程の60分取れば済む休憩を、3時間以上に設定して、実質的に長時間労働をさせている会社もあります。
特に外食をはじめとするチェーン店で使われる手法です。
法律的には、昼に1時間休憩をとると、その後休憩を取る必要はありません。
しかし休憩なしで、長時間深夜まで働くこと明らかに不健康です
20分程度休憩し軽食をとって仕事をする方が、仕事の効率も上がりますし、生活習慣病対策になります。
特に忙しい会社では、上手に夕方の休憩時間を設定することはとても大事です。

時間外労働(法定外残業)

労働基準法では、1週間の労働時間は原則40時間までと定められています。
しかし実際には、このルールの通りにはいかないのが現状です。そこでルールを超えて働かせる事の出来る例外的な措置が作られています。
労働者に残業してもらうには、労使が協定を結びその内容を監督署に『時間外・休日労働協定』を届ける必要があります。労働基準法36条に規定されているため36協定と呼ばれています。
これを届け出れば、特別の事情が生じたときに、かなり長時間の時間外労働を行うことができるようになります。
過重労働が社会問題化する中、歯止めとなるのが過重労働の面談と36協定です。
36協定に関して意見を述べられるように、勉強しておくことを強くお勧めします。

変形労働時間制

業態によっては、観光業のように繁忙の差が激しくて、1日8時間・週40時間という法定労働時間が業務にそぐわない場合があります。
そういう時は変形労働時間制を採用する事で法定労働時間を超えて就業させることができます。
「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングが2015年10月から週に4日働いて3日休む「週休3日・1日10時間労働」の制度を一部導入することが発表されました。
これは変形労働時間制度を導入したものです。
変形労働時間制とは一定の期間を平均し1週間あたりの労働時間が法定労働時間の範囲内におさまる場合には、特定の日、特定の週・月に法定労働時間を超えて労働させることが認められている制度です。
この変形労働時間制には1週間単位、1カ月単位、1年単位、の3つの制度が用意されています。
下図の例では1週目は43時間30分の労働時間で40時間を超過していますが、2週目は36時間15分で、平均すると週40時間以下で、残業代は発生しないことになります。

福岡労働局ホームページより

4週6休

いわゆる4週6休という働き方です。
変形労働時間制は、社員にとって週休3日とか、3週間の夏休みといったメリハリのある働き方が可能になりますが、逆に手待ち時間が少なくなるので、繁忙期には心身に負担がかかりかかりやすいというデメリットがあります。

みなし労働

労働者が事業場の外で労働する場合には、 労働時間を算定することが困難なことも少なくありません。みなし労働とは、あらかじめ「その仕事の遂行に通常必要とされる時間」を決め その時間働いたものとみなす制度です。
外回り営業職やドライバーなど社員が事業場外で働く場合、労働時間算定がむずかしいものです。ノルマを果たせば、みなし時間は働いたことになるため、短時間で結果を出せ、早く仕事をこなせる人にとっては人気のある働き方です。
平日の昼間に背広姿で、ギャンブル場にいる人は、こうした働き方をしていると可能性が高いと言えます。
しかし、実労働時間の把握がむずかしく過重労働対策が立てにくいのが弱点です。

フレックスタイム制

始業・終業の時刻を労働者自身が決定できる制度です。1日のうちで必ず就業する時間(コアタイム)を定め、その前後にいつ勤務してもいいフレキシブルタイムを設定します。
通勤ラッシュからの解放や、夜遅くまで仕事をした翌日の出勤時間を遅らせることによって、自分の判断で身体的な負担を軽減することができるというメリットがあります。
健康管理の面で言えば、一見健康的にみえますが、朝寝坊が定常化し、夜間労働といった生活になりやすく、生活習慣病や不眠の引き金になりかねない働き方です。
慢性的な遅刻状態が続いても、文句を言えないので、メンタル不全者を見つけにくいというデメリットもあります。

管理監督者

経営者と一体になっていると考えられる役職者(部長、工場長、局長等)をいいます。
出退勤が自由裁量で、労働時間の拘束がないために規制が必要ないと考えられています。
重責である反面、労働時間が自由裁量のため、まじめな性格の管理職ほど長時間労働に陥りやすく、会社は、役職手当を支払っているのだから長時間労働は当然だと考えやすいため、過労死を招くおそれがある極めて不健康な働き方です。

裁量労働者

労働時間ではなく仕事の成果によって賃金が決まる裁量労働者は、基本的に使用者が時間外労働を命ずることはできないことになっています。時間規制が必要ないと考えられています。
裁量労働制は、仕事の量や完成の時期までを労働者の裁量にゆだねるものではないので、割り当てられた仕事が多いと、消化するために過労に陥る危険が高い不健康な働き方です。

労基法は、これからの時代、社員の健康管理に必要な知識

以上のように、健康的な働き方を会社に提案するためには、多様化する労働時間制を全て理解し、強みと弱点を把握しておくことがいかに大事なことかがわかったと思います。
産業保健スタッフや人事担当者が、労基法のことをまるで何も知らないということでは、会社にとって良い社員の健康管理が実施できないというのは明白なことです。
これからの時代、社員の健康管理を行っていくうえでは、医学や産業保健・安全衛生の知識だけではなく労基法の知識があることが大前提なのです。